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ようやく、しおらしくなってきた韓国サッカー2764

26 : :2006/04/19(水) 20:29:16 ID:o4LgHYZU0
「日本茶道の精神性「わび、さび」も、もともと高麗茶人のものだった」茶室や茶道具も高麗の影響…民団新聞[4/19]


高麗茶道日本に深い影響<下>

高麗に「わび」精神

■茶室も高麗茶道の影響

写真:http://www.mindan.org/upload/4445a431c4308.jpg

日本茶道の精神性「わび、さび」も、もともと高麗茶人のものだった。
高麗時代の茶人として名高い李奎報は日記に「茅亭に遊観して雲山の情緒を留める」ことを
理想生活と記し、高麗末の忠臣として知られる鄭夢周は、
「独り幽斎に臥し、石鼎に乗る釜の湯の沸く音を聴く…そんな(孤独な)喫茶が癖になった」
という主旨の漢詩を残している。

この意識こそ日本茶道の神髄でもある草庵茶室の小宇宙に通じるものである。

このことから、日本茶道の「舞台」でもある茶室こそ、最も高麗茶道の影響を受けていることが分かる。

日帝時代、数少ない日本人の朝鮮理解者だった浅川伯教氏の
『朝鮮の茶』という論文には次のように書かれている。

「日本の茶室の構造がどこから暗示を得て居るかというと、朝鮮南方、
 殊に全羅南道辺りの民家や僧庵に最も似て居ると思う。
 オンドル一間に、水屋入り口はただの小窓、丸柱、塗り込めの土壁、下地窓、天井は網代かすの子、
 水屋と通ひ口は人も通れぬ小窓、草の屋根……石の蹲踞があり、飛石が無造作に置かれ、
 木戸の枝戸口は竹の皮で蝶つがいをつくり、竹の輪を軽くおろして止めて居る。
 …ここから茶室の構想が生まれ、代々の名人がこれに磨きをかけたものと思われる」



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